kuppykuppy’s diary

中国語で書かれた羽生結弦選手関連の文章を色々と翻訳しています。速報性皆無のマイペース素人翻訳ですが、よろしければお読み頂ければ嬉しいです。 Twitter:@kuppykuppy2020

ソチ、平昌の金メダリストが相次いで引退したり休養に入ったりする中、彼だけがまだ闘っている!

さっき我が子の練習から帰宅して、明日は遠征に送り出さないといけないので、やることが沢山あって今日は寝られないかもなのですが、現実逃避を兼ねて。

 

ずっと前に翻訳して載せそびれていた抻面鸡架yuzuさんのザギトワ選手の休養発表を受けての12/15の投稿です。

今後の道についてはご本人のみぞ知る。「こうに違いない」と決めつけたり、勝手に代弁したりはしたくありません。どんな道であれ、ついて行くのみだと思っていますが、これを読むと2連覇後も尚現役で闘い続けていることは本当に凄いことなんだなと改めてしみじみ感じました。

ソチオリンピックを見てファンになり、あと4年だけなんだから悔いのないよう応援しようと思った私ですが、今もまだ現役で闘う姿を見せてもらえていることが只々ありがたいです。

 

 

ここ数日、フィギュアスケート女子シングルの平昌オリンピック金メダリストであるザギトワが休養を決めたというニュースが話題になっています。私たちは改めて、フィギュアスケートという種目の競争の熾烈さと選手生命の短さが「痛ましい」と言えるほどのものであることを考えさせられました。

 

そしてザギトワの一時休養の決定で私たちはあることに気づきました——平昌オリンピック、そしてそれより少し遡ったソチオリンピックフィギュアスケート種目の金メダリストの中で、まだリンクで戦っているのは彼一人だけになったことに。

2014年ソチオリンピック、2018年平昌オリンピックの男子シングル、女子シングル、ペア、アイスダンスの11人の金メダリストの中で、まだ現役なのは羽生結弦ただ一人だけなのです。

 

2014年から2018年、そして平昌オリンピック後の2019年のシーズン。怪我や病気がありました。プレッシャーもありました。ミスをしたこともありました。色々な根も葉もない噂を流されもしました。しかし彼はまだここにいます。これまでずっと。

 

2014年のソチオリンピックの女子シングルの金メダリストはフリーの演技でわずかにキムヨナを上回り、大きな論争を呼び起こしたロシアのソトニコワ選手。当時彼女は僅か17歳。しかしソチオリンピックで優勝した後は、2015年に負った怪我などによる欠場や休場が度重なりました。2017年以降、試合出場の情報はありません。

 

ソチオリンピックのペアの金メダリストはロシアのボロソジャル、トランコフ組。この氷上のカップルはソチオリンピックの年の8月、赤の広場近くで結婚式を挙げ、まもなく相次いで2人の子供を授かりました。その後2人は一時競技に戻りましたが、2017年に正式に引退し、幸せな家庭生活に戻ることを選びました。

 

ソチオリンピックアイスダンスの金メダリスト、アメリカのデイビス、ホワイト組はオリンピックで優勝した後休養することを選び、その後の試合も欠場。現在、デイビス(ファンからの愛称は媚娘〔メイニャン〕)はオリンピックチャンネルのキャスターを務めていますので、私たちは試合後の選手にインタビューする彼女をよく見かけます。

 

2014年、ソチオリンピック後のエキシビションで金メダリストたちが集合して写真を撮っていた時、既に引退を決めていた人がいました。おそらく今後のことがまだわからない状態だった人もいました。そして、もっと遠くまで進むことを心に堅く決めていた人もいました。

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光陰矢の如し。2014年から2018年の四年間はあっという間でした。しかしよく考えてみれば、私たちの人生の中の四年間と言えば、学業を修められる時間。おぎゃあと生まれた赤ちゃんがあちこちを駆け回る子供に成長する時間。四年は短いと言えば短いですが、かなり長い時間でもあります。

四年後の平昌オリンピックのエキシビションでの金メダリストの集合写真はこれ。(ただしペアの金メダリストサフチェンコ、マッソ組はこの中にいません。)

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2018年の平昌オリンピックの女子シングル金メダリストのザギトワ。皆さんご存知のように、自分の願いが成就した後、後輩たちとの熾烈な競争に直面した彼女は、自分のために一時停止ボタンを押し、新しく自分の目標とモチベーションを探すと言っています。かつて羽生の熊の山、熊の海の中からプレゼントを選ばせてもらっていたザギトワですが、今年はそれが若手三人娘に変わりました。考えてみると本当に感慨深いものです。

 

平昌オリンピックのペアの金メダリストのサフチェンコはオリンピック出場5回目にして、新しいパートナーのマッソと共に、ドイツ代表として平昌で金メダルを取り、氷上の伝説となりました。S姐さんはその後引退し、氷上で教鞭をとる人生をスタートさせました。私たちは今もショーで滑るS姐さんの姿を見ることができます。

 

平昌オリンピックのアイスダンス金メダリストであり、氷上の伝説であるカナダのバーチュア、モイア組は平昌で2つ目のオリンピック金メダル(金メダルは2010年と2018年の2回)を取った後休養に入り、そして今年の9月には正式に引退を発表しました。

 

氷の上には人々がやって来ては去って行き、集っては散って行きます。この最も美しい冬のスポーツ種目は、この上なく残酷な「青春物語」でもあります。この種目の選手生命の短さ、怪我の多さは、見かけの華やかさとは裏腹です。

選手生命の短さだけでなく、このような普通とは違った種目で毎シーズンピークを作らなければならなない選手たちは、一体どれ程の血と汗を流し、涙を流し、孤独を味わっているのでしょうか。

 

(テレビ画面のキャプチャ)

「今回の2個目の金メダルというのは一番小さい頃の夢だったので」

「実現するために苦労がたくさん必要だなと思えた。」

「今まで人生をスケートにかけてきて、すごくよかったなと思える瞬間のものでした。」

 

その苦しみはきっと口で語る何百倍何千倍ものものだったことでしょう。

 

平昌オリンピック連覇後もリンクに残ることを決めた羽生結弦についてNBCは当時このように評しました。「こんなにも沢山のことを成し遂げた羽生が平昌後に引退しても何らおかしくないのに!」

CBCはこう言っていました。「少しも休まずにやってきた羽生結弦は、オリンピックを制覇してもまだ休もうとしない。どうしてそんなことができるのか、スポーツ選手としての寿命の長さも含めて不思議でならない。どうして彼がこんなに長い間四回転を保ち続けているられるのか本当に理解できない!」


2018年のロシア大会で怪我をした際、聞くのを躊躇っていた記者に羽生結弦が先に切り出しました。「引退はしませんよ!」

「引退はしませんよ!」まだ理想を実現できていないなら、目標を達成できていないなら、怪我をしても、失敗しても、不公平な採点をされても、羽生結弦はまだリンクで努力を続けるのです。

後輩たちに崇め敬われながら自分の実績の上でくつろいでいてもいいはずの絶対王者ですが、9歳のちびキノコが自分に求めていたことを25歳の自分にもまだ求め続けているのです。

 

ソチ、平昌の2度のオリンピックの後も一人リンクに立ち、この種目を引っ張るこの「スケートの神」は、失敗するとまだ悔しくて「早く練習したい!」と語ります。 

 

彼はもう25歳。シニアでもう11年戦う「ベテラン選手」です。一人また一人と同輩のライバルや戦友たちを見送り、一人また一人と彼の演技を見て大きくなった若い「新世代たち」を迎えています。

しかし彼の中にはまだ当初の志があります。まだ熱い血がたぎっています。彼はまだ思っています。「今に見とけ!」

この羽生結弦は、一人氷上に残った二度のオリンピックチャンピオン。メラメラと燃えています。

この羽生結弦は、もうあのはにかんで「アイムファースト?」と尋ねた少年ではありません。彼は本物の勇敢なヒーローなのです。