kuppykuppy’s diary

中国語で書かれた羽生結弦選手関連の文章を色々と翻訳しています。速報性皆無のマイペース素人翻訳ですが、よろしければお読み頂ければ嬉しいです。 Twitter:@kuppykuppy2020

北京オリンピック公式記録映画について 陸川監督のインタビュー

2023年5月の公開開始直後の記事ですが、当時訳したもの放置していました。日本での公開が決定したことを知ったので、この機会にアップさせていただきます。

陸川(ルー・チュアン)監督のインタビュー記事です。羽生さんに言及した部分は赤字にしています。

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5月19日に公開された映画『北京2022』で、人々は思いがけず馴染みのある名前を見つけた。それは陸川だ。陸川は言う。彼はこれを単なる記録映画だとは思っていない。作品の中にあるストーリー、情熱、命の洗礼を見てほしいと。「撮影中、私はまるで充電されるかのように毎日養分を吸収し、全身に行き渡らせました。」

 

『北京2022』を語る。「この映画は単なる記録映画ではない。」


公式記録映画の制作は、国際オリンピック委員会が開催国に継続を求め続けてきた伝統だ。これまでに公式記録映画の撮影に携わった芸術家や映画監督の中には著名な人物も数多くいる。北京で記録映画制作のバトンは陸川に渡された。

 

新たな要求と新たな目標。記録映画制作の経験がある陸川でさえ非常に大きなプレッシャーを感じた。陸川は『北京2022』に小さな目標を設定したと言う。それは『北京2022』を過去のオリンピックの記録映画よりももっと感情やストーリーのあるものにすること。「私たちは映画館で上映するのに相応しい作品にしたいと思っていました。力強いストーリーと感情を持った作品にしたいと。」

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陸川は2年半前に既に形になった脚本を用意していたと言う。ただし、その脚本は全く役に立たなかった。

 

「撮影開始初日に脚本は全て没になりました。」この話になった時、陸川はいささかの無力感を滲ませた。彼とそのチームはぬかりなく任務に取り組み、歴代のオリンピック記録映画を研究してきた。そして彼らには長年のキャリアがあったので、課題に対応して乗り越える準備もできていた。しかし撮影現場に足を踏み入れると、アクシデントが絶え間なく訪れたそうだ。「1日たりとも、1人たりとも、1つのストーリーたりとも脚本通りに進んではくれませんでした。」そのため撮影の難易度は非常に高くなったと陸川は包み隠さずに語った。「結局のところ、現実は自分の脚本通りに動いてくれません。自分が現実に合わせて動くしかないのです。」

 

『ボーンインチャイナ』の撮影で動物を追いかけた経験がある陸川は、自身はもう鍛えられてどんな事態にも動じない粋に達していると思っていた。しかし、オリンピック映画の撮影期間に起こった様々な出来事には落ち着いた対処などできなかった。陸川は語ってくれた。当初の撮影リストに入っていた人の多くに撮影やインタビューをきっぱりと断られたと。断られた時には何かが粉々に壊れる音が聞こえたと陸川は冗談めかして言う。受け入れ難くはあったがアスリートたちが拒否することは理解できた。「彼らが重きを置くのは競技です。ここに来るからには結果が求められます。彼らの本業は私の撮影に協力することではありませんから。」

 

オリンピック映画撮影の思い出を語る。「この旅は、私に養分をくれました。」

 

実際『北京2022』の制作は終始苦難に満ちていた。映像素材の量については陸川自身も正確に計算できていない。「ざっと見積もって映像素材は確実に1,000時間分はある筈です。」そして、その編集作業は更に厳しい試練であった。オリンピックが閉会してから98分板を発表するまでに作成したバージョンは全部で38種に上る。

 

準備から上演に至るまでの過程を思い起こし、自身はとてもラッキーだったと陸川は思っている。プロの映画監督としてのこれまでの経歴の中で陸川は物語の語り手となることには慣れていた。撮影はいつもアウトプットの連続だった。しかし『北京2022』の撮影時、彼は吸収を続け、毎日新鮮なエネルギーに溢れる養分を受け取っていた。「全ての過程において、自分が充電されているようだと感じました。」

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数々の輝かしいアスリートたち。陸川にとって彼らの物語と経験は生涯忘れられない記憶となった。この優秀なアスリートたちはいつもガードされた状態にあり、メディアに対峙することに長けていると陸川は言う。したがって、撮影にはある程度の時間が必要になる。アスリートたちが警戒を解くことを待ち、背後に見える真実を捉えるために。「私たちは彼らが本音を曝け出してくれるのを待つのです。メディア向けの業務上の社交辞令は編集の時に基本的に全てカットします。」

 

インタビューの中で、陸川は特に蘇翊鳴(訳注:北京オリンピック金メダリストであるスノーボード選手)羽生結弦について言及した。彼は蘇翊鳴には格別の品格を感じると言う。彼は内面にその種目の王者に相応しい強い原動力を持つ一方で、対戦相手には和やかに接する。「これこそ私がとても好きな真の闘いです。闘いにおいて必ず必要なものがあります。リスペクトです。それは文化の発展を具現するものです。」そして羽生結弦は陸川にまた別の角度からスポーツの美を感じさせた。陸川は言う。羽生結弦は自分をガードするのが非常に上手い人物だが、カメラのレンズは時に羽生結弦の感情が大きく動く瞬間を捉える。彼は何度も何度も自らを整え、何度も何度も新しい極限への闘いに挑む。「私は本当に本当に本当に羽生結弦が好きなんです。人類にはこのような人がなくてはなりません。科学がどれだけ進歩しようととも、文明がどれだけ発展しようとも、スポーツはスポーツです。非常に美しいものなのです。」

 

この映画の最終バージョンが確定してからも、陸川はまだ冬季オリンピックがくれた素晴らしい思い出を捨て去ることができないでいる。夥しい量の映像素材と物語。陸川はチームと共にまた整理と点検をすることになるかも知れない。彼にとってこの貴重な映像素材は宝物だ。「チームのメンバーたちと話しています。残しておこう、いつかこの中から物語を取り出すべき時が来るかもしれないからね、と。」

 

今後の計画を語る。「2023年、皆さんをあまり長くはお待たせしません。」

 

公式記録映画が完成した後も陸川は忙しい。引き続き杭州アジア競技大会の開会式の仕事に携わることになっているのだ。陸川は言う。杭州アジア競技大会への準備はほぼ整っている。彼のチームはとても優秀で、皆さんにこれまでにない体験をしてもらえる筈だと。1990年の北京アジア競技大会と2010年の広州アジア競技大会での中国のプレゼンテーション。陸川はそれらの過去の成功を物差しとして自分を前進させるよう常に鼓舞していると語る。「私たちのチームのメンバーはとても若いです。皆さんに違ったものを提供できると期待しています。」

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8年の時を経てやっと新しい作品が大スクリーンに登場するとなると、「監督」という立場は陸川と少し距離があるように見える。しかし陸川のスタジオにある、『749局』の現場で撮った陸川と王俊凱の撮影時のツーショットや、『ココシリ』の撮影現場でのショット、黒澤明やコッポラなどの映画ポスターなどを見ると、陸川の変わらぬ映画への愛に気づく。陸川はここ数年も毎年最低1本のペースで映画の脚本を書き続けていると言う。「書き上げた脚本もあれば途中までのものもあります。」数年間作品を世に出せていなかったことは映画人として不本意なことであり、撮影をしていなかったり撮影を進めることができなかったりする時には脚本を書くのが焦る気持ちを落ち着ける唯一の方法だと陸川は言う。「これからは皆さんをあまりお待たせしたくありません。」

 

実は『北京2022』が完成した後、陸川は既に新作『749局』の仕上げ作業に入っている。これは王俊凱、任敏らの若手俳優と共に作り上げてきた作品で、年末には完成するであろうとのこと。『749局』の若き俳優たちは『北京2022』の現場で彼に洗礼を浴びせたアスリートたちを思い出させる。共に仕事をした感想については詳しく述べないが、陸川は王俊凱や任敏の年代の若手俳優の成長に期待している。「どんな俳優もみんな若手時代から自分の色を持つ俳優に成長してゆきます。彼らと一緒に作品を作るのはとても楽しいことでした。」